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仙台高等裁判所 昭和58年(う)99号 判決 1986年2月03日

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ罰金八〇〇〇円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審及び当審(差戻し前の控訴審を含む。)における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人山中邦紀、同鈴木紀男提出の各答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

各論旨は、被告人らが大槌郵便局局舎内に立ち入つた行為は、建造物侵入罪を構成しないとして、無罪を言い渡した原判決は、刑法一三〇条前段にいう「故なく侵入し」の法令の解釈適用を誤り、右立入り行為に対する管理権者の意思、立入り目的及び態様の違法性に関し、事実を誤認した、というのである。

そこで、これに対する判断に先立ち、本件訴訟の経過をみるのに、記録によれば、原判決は、「被告人両名は、坂本博ほか五名と共謀のうえ、昭和四八年四月一八日午後九時三〇分ころ、岩手県上閉伊郡大槌町大町七番六号所在の大槌郵便局長中村実管理にかかる同郵便局舎内に、スト権奪還などと記載されたビラ多数を貼付する目的で、故なく侵入した。」旨の公訴事実に対し、被告人両名が他六名と共に右郵便局舎内に右目的で立ち入つた外形事実を認めながら、刑法一三〇条前段にいう「侵入」に該当するか否かは、右行為が住居等の平穏を害する態様のものであるか否かによつて決定されるべきであり、建造物の管理権者の意思のいかんは、その判断に際し、重要ではあるが、一つの資料にすぎないとしたうえ、本件の具体的事実関係のもとでは、右立入り行為は建造物侵入罪を構成しないとして、無罪を言い渡したこと、これに対し、差戻し前の控訴審判決は、中村局長が、被告人らのビラ貼り目的による本件局舎内への立入りを予測しながら、事前にこれを阻止するための具体的措置をとらなかつたということなどから、本件においては、被告人らの立入りを拒否する管理権者の意思が外部に表明されていたとはいえないとし、被告人らの所為は、結局、管理権者の意思に反したとはいえないので、建造物侵入罪の構成要件に該当しないとして、被告人らに対し無罪を言い渡した原判決を維持したこと、ところが、上告審である最高裁判所第二小法廷は、「刑法一三〇条前段にいう『侵入シ』とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきであるから、管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であつても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れないというべきである。」と判断したうえ、差戻し前の控訴審判決認定の事実によれば、「記録上他に特段の事情の認められない本件においては、被告人らの本件局舎内への立入りは管理権者である中村局長の意思に反するものであり、被告人らもこれを認識していたものと認定するのが合理的である。」とし、上記理由から、被告人らの所為は建造物侵入罪の構成要件に該当しないとした差戻し前の控訴審判決は、法令の解釈適用を誤つたか、重大な事実誤認をした疑いがあるとして、これを破棄し、本件を当裁判所に差し戻したことが明らかである。

したがつて、以上の経緯にもかんがみれば、被告人両名を無罪とした原判決(差戻し前の第一審判決)の当否を審査するにあたつては、原判決が、刑法一三〇条前段の「侵入シ」の解釈適用を誤り、右構成要件該当事実を誤認したか否かを検討し、更に他に犯罪の成立を阻却すべき事由があるか否かを考察しなければならない。

一そこでまず、被告人らの本件局舎内への立入り行為が刑法一三〇条前段にいう「侵入シ」に該当するかどうかについて検討する。

1原判決は、刑法一三〇条の保護法益は、住居等の事実上の平穏であるとし、上記のとおり立入り行為が同条前段の「侵入シ」に該当するか否かは、右行為が住居等の平穏を害する態様のものか否かによつて決定され、建造物の管理権者の意思のいかんは、その判断に際しての重要な一資料にすぎず、本件建造物侵入罪の成否については、立入り行為の目的、態様、管理権者の意思に反する程度等の具体的事情を考慮し、建造物の平穏が害されたか否かを判断する必要があるとし、被告人らの立入り目的が組合活動としてのビラ貼り行為にとどまり、右目的は、郵政省庁舎管理規程に反し違法であるが、その程度はそれほど強いとはいえないこと、管理権者たる郵便局長の立入り拒否の意思も、客観的にそれほど強固なものであつたとは認められないこと、立入り行為の態様も平穏であり、勤務時間終了後で業務妨害もなかつたことなどの事情に照らし、本件立入り行為は建造物侵入罪の構成要件に該当しない旨判示する。

2しかしながら、上告審判決の説示するとおり、刑法一三〇条前段にいう「侵入シ」とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきである。そして、管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であつても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的、動機、経緯、態様等からみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立は免れないものというべきである。

3ところで、関係証拠によれば、被告人らの大槌郵便局舎への立入りに際し、本件局舎の管理権者たる中村局長が予め本件局舎への立入り拒否の意思を積極的に明示していないことが認められる。そこで、本件局舎の性質、使用目的、管理状況、右局長の態度、立入りの目的、動機、経緯、態様等の諸点にかんがみ、右局長が本件立入り行為を容認していないと合理的に判断されるかどうかについて検討する。

(一)  原判決が第一項に掲げる各証拠及び当審(差戻し前の当審を含む。)における事実取調べの結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件発生の経緯―組合活動としてのビラ貼り―について

全逓信労働組合(以下、全逓ともいう。)岩手地区本部は、「大幅賃上げ、合理化労務政策反対、年金の大幅改善、ストライキ権の奪還」等を要求項目とした昭和四八年の春季闘争(いわゆる七三年春闘)の一環として、中央本部からの指令に従い、ビラ貼りを含む各種の闘争方針を確認し、全逓組合員の意識を統一し、支援態勢を盛り上げるよう地区本部内の各支部に方針を伝達した。これを受けた釜石支部では、昭和四八年四月一〇日の支部執行委員会で、情宣活動として支部内の各郵便局にビラ貼りをすることをも含めた春季闘争方針を決議した。そして、同支部では、同月一六日ころ、同支部内各郵便局に対するビラ貼りの具体的内容を取り決め、同支部組合員は、同日釜石市内の唐丹郵便局においてビラ貼りを行つた。

(2) 被告人らの本件立入り行為の目的、経緯、態様について

被告人両名は、釜石郵便局員で全逓組合員であり、当時被告人菊池は釜石支部書記長、被告人鈴木は同支部青年部長であつた。被告人両名は、同月一八日、坂本博ほか五名の同支部組合員と共に、いわゆる七三年春闘に参加した全逓のビラ貼り戦術実施の目的をもつて労働組合の団体行動として、計画どおり大槌郵便局にビラ貼りを行うこととし、かねて準備していた縦約二五センチメートル、横約九センチメートル大の西洋紙に「合理化粉砕」「大巾賃上げ」「スト権奪還」「時間短縮」とガリ版印刷をしたビラ多数と糊、バケツ等を持参し、同日午後九時三〇分ころ、岩手県上閉伊郡大槌町大町七番六号所在の大槌郵便局に到着した。そして、被告人らは、管理権者である中村局長の事前の了解を得ることなく、未だ施錠されていなかつた通用門と郵便発着口を通り、当夜の宿直員御園秀に「おうい来たぞ。」と声をかけ、土足のまま局舎内に立ち入つた。御園は、被告人らがビラ貼り目的で入つて来たことを十分知りながら、ことさらに右立入りを拒もうとはしなかつた。被告人らは書庫、引き戸、ガラス窓、机、ロッカー、出入口など庁舎内の各所や庁舎外の一部に、ビラ合計約一〇〇〇枚を貼りつけた。

(3) 局舎の性質、使用目的、管理状況、管理権者の本件立入りに対する態度等について

本件局舎は、郵政省所属の、郵便業務及びこれに付随する行政事務等の用に供する施設であり、局長が、庁舎管理者として、職員に指示するなどして庁舎等の取締りにあたり、その責任を負い、夜間は、局長の命により職員が宿直員として、火気取締り、盗難、不法侵入防止、局舎の保全等にあたり、局舎等におけるビラ貼りは、郵政省庁舎管理規程により、法令等に定めのある場合のほかは、管理権者が禁止すべき事項とされている。管理権者たる中村局長は、同月一七日朝、釜石局駐在の赤沢正直東北郵政局労務連絡官から、全逓が他局でビラ貼りをしているから注意するよう警告され、大槌郵便局においても組合員によるビラ貼りが行われることを予測し、これを懸念して、局長と局長代理の二名が交替で局舎の外側から見回ることにした。同月一八日午後一〇時過ぎころ、同局長が局舎前に来たところ、局舎にビラが貼られているのを確認したので、近くに住む局長代理を呼び出し、二人で局舎に入つた。中村局長が、被告人らにビラ貼りをやめるよう注意し、宿直員の御園に対し、「これはどうしたことだ。」と詰問したところ、被告人菊池は、「この責任者はおれだ。宿直者は関係ない。このビラ貼りはどこでも労働運動としてやつているんだ。」などと反論し、一部の組合員が「宿直員も眠いんだから局長帰れ。」と言つたのに対し、「君達こそ帰れ。君達にそういうことを言われる筋合いはないんだ。」と言うなどの応酬があつたが、組合員らは順次退室して午後一〇時四五分ころには全員が退去し、中村局長らも間もなく帰宅した。なおこの間、中村局長らは、お客様ルームなどに貼られたビラ約二三〇枚をはがした。

(二)  そこで、右認定の事実関係を前提として本件立入り行為に対する管理権者の容認の有無について審究するのに、弁護人らは、被告人らの本件局舎への立入りは、管理権者たる中村局長が容認しないものであるとはいえない旨種々主張するので、以下、弁護人らの主張にかんがみ逐次検討する。

(1) 本件立入り行為の構成要件該当性の判断とビラ貼り行為について

弁護人らは、刑事訴追の対象とされず、また、審理の対象ともされなかつたビラ貼り行為の法的評価をもつて、本件立入り行為の構成要件該当性の判断における論拠とすることはできない旨主張する。

確かに、本件においては、被告人らのビラ貼り行為は建造物損壊、器物損壊その他の犯罪にあたるものとして起訴されていない。また、記録によれば、原審において、検察官は、審理の当初、「ビラ貼りの点は審判の対象にするつもりはない。」と釈明し、原裁判所はビラ貼り行為については侵入の目的を明らかにする限度で立証を許すこととしたことが明らかである。しかしながら、ビラ貼りを目的とする本件立入り行為が建造物侵入罪を構成するかどうかを検討する際、管理権者が右行為を容認していなかつたのかどうか、すなわち、本件立入りが管理権者の意思に反するか否かの判断にあたつては、本件立入り目的の内容として、本件ビラ貼りを考慮することを妨げるものでなく、本件ビラ貼り行為自体を処罰する趣旨ではなく、本件立入り目的の内容を具体的に明らかにするため、本件ビラ貼りの具体的内容をも考慮し得るものと解するのが相当である。

(2) 郵政省庁舎管理規程と立入りに関する管理権者の意思について

弁護人らは、郵政省庁舎管理規程は、規程の形式上、郵便局の一般職員が規制対象ではなく、局長が秩序維持等のため必要な措置を講ずるものとされ、管理権者の措置は具体的に寛厳種々の形態があり得るので、単に規程の存在、内容をもつて、立入りに関する管理権者の意思を推認し得ない旨主張する。

しかしながら、郵政省庁舎管理規程(昭和四〇年一一月二〇日公達第七六号)の写等の関係証拠によれば、同規程第六条は、「庁舎管理者は法令等に定めのある場合のほか、庁舎等において、広告物又はビラ、ポスター、旗、幕、その他これに類するもの(以下「広告物等」という。)の掲示、掲揚又は掲出をさせてはならない。ただし、庁舎等における秩序維持等に支障がないと認める場合に限り、場所を指定してこれを許可することができる。」と規定し、更に、「郵政省庁舎管理規程の取扱いについて」と題する通達(昭和四一年三月一〇日郵官秘第二六二号)の第四条関係1は、「『庁舎等の一部をその目的外に使用を許可する』とは、国有財産法第十八条および郵政事業特別会計規程第十一編固定資産第三十三条の二に定める使用許可ではなく、申出によつて庁舎管理者がその権限のわく内で事実上使用することを許可するものであつて、権利を設定する行為ではない。なお、第五条から第七条までに定める許可も同じ性質のものである。」と定めるが、被告人らから本件ビラ貼りにつき所定の申出がなされた形跡は見当たらない。また、同通達第六条関係2等は、庁舎管理者は広告物等の掲示等について申出があつた場合、「その内容が法令違反にわたるもの、政治的目的を有するもの、郵政事業もしくは官職の信用を傷つけるようなもの、または人身攻撃にわたるものは庁舎等における秩序維持等に支障があるものとして許可しないこと。」とする。そしてこれらの基準は、組合等が局舎内に掲示するビラ、ポスター等についても適用され、右掲示の許否にあたつての管理権者の運用基準と解されるところ、右庁舎管理規程六条本文によれば、許可申請もない掲示場所外の局舎内の本件ビラの貼付を禁止すべきなのであるから、管理権者たる中村局長において、特別の事情のない限り、被告人らの本件ビラ貼りを許諾しないこと、したがつて被告人らの本件ビラ貼りを目的とする局舎内立入りを容認しないことは十分推認し得るところというべきである。

(3) 組合活動たるビラ貼り目的の本件立入りと管理権者の意思について

弁護人らは、本件立入りは、いわゆる七三年春闘における労働組合の正当な団体行動としてのビラ貼りをする目的で行つたものであり、なんら違法な点はなく、管理権者の意思に反しないものというべきである旨主張する。

しかしながら、本件ビラ貼りが全逓の組合活動として行われたものであるとはいえ、全逓ないし組合員は、中村局長の管理する本件局舎等の物的施設を利用してなされる本件ビラ貼りについて、同局長の許諾を得ておらず、全逓釜石支部に属する被告人らは、勤務員数二八名の小規模局である大槌郵便局々舎の指定掲示場所以外に無差別に上記形態、内容の合計約一〇〇〇枚もの多数のビラを貼ろうとしたのであつて、かかるビラ貼り行為は、前記庁舎管理規程に違反し、右中村局長の許諾しないことが明らかであり、同局長において、被告人らに対し右ビラ貼りを許さないことが権利の濫用と目される特段の事情もうかがわれず、その規模等からみて外形上軽犯罪法違反に該当する程度の評価が可能であることなどにかんがみれば、このような局舎に対するビラ貼りは、管理権者の有する庁舎施設の管理権を侵害し、組合活動の正当な範囲を超えた疑いがあるといわなければならない。したがつて、管理権者としては、このような目的による立入りを受忍する義務はなく、これを拒否できるものと考えられるのであつて、既にこの点において、本件ビラ貼りを目的とした被告人らの本件立入り行為は正当な組合活動であり、管理権者の意思に反するとはいえないという弁護人らの主張は採用し難い。

(4) 局舎の性質及び本件立入りの日時、態様について

弁護人らは、(イ)本件局舎のような公共的建造物に対する立入りは、私人の住居に対する立入りの場合とは異なり、原則として自由であると解すべきであり、しかも、同じ時間帯に入局した小川美江が特段とがめを受けていないのに、被告人らについてだけ、入局したのが「夜間」であることを非難すべき理由はない、(ロ)八人の者を指して「多人数」とはいえない、(ハ)「土足」のまま立ち入つた点も、ことさら非難に値するものでないなどと主張する。

弁護人ら指摘のように、本件局舎は、私人の住居とは異なる公共建造物であり、被告人らの本件局舎内への立入りが現実に郵政業務に影響を及ぼしたとは認め難いが、夜間には、昼間の執務時間と異なり、管理権者としては、盗難、火災、不法侵入などを防止し、局舎を保全するとともにその秩序を維持する目的で、局舎全体を外部から隔離し、正当な理由のないものを立ち入らせないようにすべきであるから、「夜間」に前記(一)認定の目的、態様で、管理権者たる中村局長の許諾なく、局舎内に立ち入ること自体、同局長の意思に反するものというべきである。そして、局舎保全、秩序維持の見地からすれば、「八人の者」が前記目的、態様で本件局舎に立ち入ることも軽視し難く、このような「八人の者」の本件局舎への立入りは局長の意思に反するものというべきであり、また、「土足」のまま立ち入つた点も、関係証拠によれば、本件局舎内は木製板敷の床を油で拭いた体裁になつており、靴を脱いで素足で歩けるようなところではなく、外来用のスリッパも十分には備付けられておらず、郵便発着口から外勤室へ行くときは「土足」で行く者もあつたものの、通常職員らは上履きを用いており、局舎内に「土足」で上ることが許されていたわけではなかつたものと認められるので、管理権者たる中村局長が上記目的、態様の「土足」による本件局舎への立入りを許容しないことは明らかというべきである。

(5) 本件立入り行為と管理権者の対応について

弁護人らは、中村局長は、全逓がいわゆる七三年春闘において、組合活動としてビラ貼りを行うことを知つていたのに、宿直員や他の職員に対し、ビラ貼り活動のための局舎内立入りを許さないなどの指示、伝達等の措置をとることなく、単に見回り警戒をしただけであることなどに徴すると、管理権者たる中村局長の真意は、組合員によるビラ貼り目的での本件局舎への立入りについては、黙認ないし放任することにあつたと判断するのが合理的であり、更に、被告人らを含む釜石支部の役員は、日常的にオルグなどの目的で大槌局に出入りしていたこと、大槌局では、昭和四八年以前から春闘時や年末闘争時にビラ貼りが行われたが、問題になつたことはなく、いわゆる七三年春闘時に、他局でもビラ貼りが行われたが、これらのビラ貼りにつき局長が禁止し、あるいは事後に組合員が処分された事実もないことなどを併せ考えると、中村局長の真意が、ビラ貼り目的での本件局舎への立入りを黙認ないし放任することにあつたとの右判断の合理性は、一層明白である旨主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、中村局長は、昭和四八年四月一七日東北郵政局の赤沢労務連絡官から、全逓組合員による組織的なビラ貼りが行われるおそれがあるので、庁舎管理上の注意を行うように指示され、また、唐丹郵便局でビラ貼りが行われたことの情報に接した。当時、大槌郵便局には合計二八名の職員が勤務し、中村局長と安部局長代理のほか一名の非常勤職員を除く二五名がいずれも全逓(釜石支部大槌分会)の組合員であり、当夜宿直員であつた御園秀は分会長であつた。そのため、中村局長は、ビラ貼りが全逓の闘争方針としてその指示に基づいて行われるものである以上、下部の組合員である大槌郵便局の職員にビラ貼り目的の入局等を拒否するよう命令ないし指示をしても、実効はほとんどあがらないと考え、宿直員やその他の職員に対し、ビラ貼りのための局舎内立入りは一切許さない旨の格別の指示、伝達はしなかつた。また、当時各郵便局長にビラ貼りを警戒するよう指示した東北郵政局においても、局長は宿直員に対しビラ貼り目的による立入りを阻止するように指示せよ、との格別の指導は行つていなかつた。その理由は、宿直勤務が協約に基づくものであり、また、ビラ貼りに来る者は執行部の役員など宿直勤務者よりも組合での役割が重要な者が多く、宿直勤務者にビラ貼りを拒否するように指示してもその実効を期待し難いこと、右のような指示を行えば組合側が戦術として宿直勤務を拒否する等の対抗措置をとるおそれがあり、結局実効があがらないことなどにあつた。そこで、中村局長は、四月一七日には、安部局長代理と午後九時から午後一二時までの間一時間交替で局舎に赴き、局舎の外側からビラ貼りの有無を確認するという警戒態勢をとり、同月一八日午後九時には、局長代理が郵便物をポストに出しに行つたが局舎には異常がない旨局長に電話で報告していた。しかし、それ以外に、ビラ貼り目的の他局組合員の局舎内立入りを拒否するような具体的措置、例えば、出入口などの施錠の有無を確認し、施錠されていないときは宿直員に注意を促すとか、通用門や局舎入口等にビラ貼り目的による立入りを拒否する旨の表示をするとか、局長ら非組合員が警戒のため泊まり込むなどの措置は一切とらなかつた。これらの事実に徴すれば、中村局長がビラ貼り目的の本件局舎への立入りを阻止するため十分な措置を講じていたとは認め難いものの、一応の警戒態勢はとられていたのであり、このことに加え、上記(一)で認定した、中村局長が被告人らのビラ貼り行為を発見した後の同局長の対応、その他、前記庁舎管理規定や関係通達等をも併せ考えると、右に認定したビラ貼り目的での本件局舎への立入りに向けた中村局長の対応の仕方等から、同局長の真意が、闘争時に行われた本件ビラ貼り目的の立入りを黙認ないし放任することにあつたと判断するのが合理的であるとはいえない。

そして、関係証拠によれば、大槌郵便局あるいは全逓釜石支部内の郵便局において、本件以前の昭和三九年、同四一年の各春季闘争、年末闘争の際、昭和四五年の電通合理化闘争の際、あるいは本件後の昭和四八年の年末闘争、同四九年の春季闘争の際などに、本件と同一規模又はそれ以上の枚数のビラ貼りが行われ、本件当時も大槌郵便局以外の局に多数のビラが貼られながら、それらについて刑事、行政処分が行われた事実はなかつたことが認められるが、右の事実をもつてしても、直ちに、本件のような多数のビラ貼りが労使慣行として成立していたと即断することはできない。また、関係証拠によれば、組合の上部団体の役員の立入り、集会、ビラ等の配布、指定場所以外の場所への掲示等が許可なく行われても、殊に、闘争時でない場合は、局長らからこれらの行為を禁止され、あるいは貼付されたビラ等の撤去命令が発せられたこともなかつたこと、業務終了後、宿直員の同僚、友人らが局舎に立ち寄り雑談したりすることがあつたことなどが認められるが、これらの実情を考慮しても、前同様、中村局長が、ビラ貼り目的での本件局舎への立入りに向けて一応の警戒態勢をとつていたことや本件ビラ貼り発見後の同局長の対応、その他、前記庁舎管理規程や関係通達等を併せ考えると、中村局長の真意が、闘争時における本件のような目的、態様の局舎への立入りを黙認ないし放任することにあつたとは判断し得ない。

(6) 本件立入り行為と宿直員の態度について

弁護人らは、宿直員が置かれていた場合、管理権者たる局長の意思は、宿直員の態度と統一的に理解されるべきところ、当夜の宿直員御園秀は、被告人らの本件局舎への立入りについて許諾を与えているのであるから、被告人らの本件立入りが中村局長の意思に反するとはいえない旨主張する。

しかしながら、管理権者たる中村局長が、被告人らのビラ貼り目的の本件立入りを容認しないことは上述のとおりであるが、関係証拠によれば、当時局舎の宿直員の御園は、管理権者たる中村局長から、本件のような目的、態様の立入りを許諾する権限を授与されていたものでないことは明らかであるから、右宿直員御園が、被告人らの本件立入りを許諾したことがあるとしても、右宿直員の許諾は、右立入りが同局長の意思に反しないことを根拠づけるものと解することはできない。

(三)  以上検討したところを総合考察すれば、上記事実関係のもとにおいては、本件局舎の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、本件立入り行為の目的、経緯、態様などからみて、被告人らの本件局舎内への立入り行為は、管理権者たる中村局長において、予め立入り拒否の意思を積極的に明示していたとは認め難いにしても、これを容認しないものであり、その意思に反するものと認定するのが合理的であり、相当であると判断される。そして、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果を併せ考えても、他に右認定判断を動かすに足りる特段の事情を見いだすことはできない。

4したがつて、被告人らがビラ貼りの目的をもつて本件局舎内に立ち入つた行為は、その管理権者の容認しない意思に反した立入り行為であつて、刑法一三〇条前段にいう「侵入シ」の構成要件に該当するものと解すべきである。そうだとすると、本件立入り行為は、管理権者の意思に反するものの、その目的の違法性はそれ程強いとはいえず、その態様は局舎の事実上の平穏を害する違法なものではなく、故なく侵入したとはいえず、同条前段の構成要件に該当しないと認定判断した原判決は、同条前段の「侵入シ」の解釈適用を誤り、右構成要件該当事実の有無について認定判断を誤つたものというべきである。

二そこで次に、被告人らの本件立入り行為について、他に犯罪の成立を阻却すべき事由の有無を検討する。

1まず本件立入り行為の違法性阻却事由の有無を考えてみる。

弁護人らは、被告人らの本件立入り行為は実質的違法性を欠く、すなわち、公共企業体等労働関係法の適用を受ける被告人ら全逓組合員に対しても労働組合法一条の適用があり、したがつて、正当な組合活動と評価される限り、刑法三五条によつて違法性が阻却されるところ、本件のビラ貼り目的での本件局舎への立入り行為は、その目的、態様、管理者の対応、従来からの慣行、立入りの際の宿直者の許諾、その他諸般の事情を考慮すれば、労働組合法一条二項に定める正当な組合活動に該当するものと解すべきである。したがつて、被告人らの本件立入り行為は、処罰すべき実質的違法性を欠くものと解すべきである旨主張する。そこで、以下、弁護人らの主張にかんがみ、上記認定の事実関係に基づき、右違法性阻却事由の有無を検討する。

(一)  被告人らの本件立入り行為の目的について

弁護人らは、本件の場合、ビラ貼り行為自体は起訴されず、審理の対象から除外されて来たのであるから、抽象的に「ビラ貼り目的」あるいはより抽象的な「組合活動の目的」という限度で、本件立入りの目的が考慮されるべきである旨主張する。

しかしながら、本件立入り行為が刑法一三〇条前段の「侵入シ」の構成要件に該当することは上述したとおりであるが、更に同条によつて処罰されるべき実質的違法性を有するか否か、右行為が刑法上の違法性を有するといえるか否かを判断するにあたつては、本件立入り目的の正当性、違法性の有無、程度も考慮すべきところ、右の判断に必要な限度において、ビラ貼り行為それ自体を処罰する趣旨ではなく、本件立入り目的としてのビラ貼り行為の具体的内容を考慮し得るものというべきである。そこで、右見地から、本件立入り行為の目的であるビラ貼りの正当性等について考えてみるのに、上述したように、右ビラ貼りがいわゆる七三年春闘における労働組合の闘争手段としてなされたものであるとはいえ、局長の有する庁舎管理権を侵害し、組合活動の正当性を超えた疑いを否定し難く、右ビラ貼り目的のための本件局舎内への立入りは、管理権者の意思に反するものといわなくてはならず、被告人らは、管理権者が本件ビラ貼りを容認していないのに、勤務員数二八名の小規模局である他局の指定掲示場所以外の所に、夜間無差別に上記形態、内容の合計約一〇〇〇枚にものぼる多数のビラを貼る目的をもつて本件局舎に立ち入つたのであつて、その目的たる行為は外形上軽犯罪法に違反する程度の評価を可能とするものである。このような本件立入り目的は正当性を欠くとの非難を免れ難いところというべきである。

(二)  本件局舎の性質、本件立入り行為の態様について

弁護人らは、本件局舎のような公共的建物に対する立入りに関しては、私人の住居に対する立入りとは全く異なつた判断基準が用いられるべきであつて、その立入りは、原則的に自由であり、特別の禁止違反によつて初めて違法性を帯びることとなる、当時、郵便局の業務は終了し、被告人らの本件立入りによつて、宿直員の宿直業務が妨げられたとは到底いえず、管理権者の管理権限に対する侵害も存在せず、存在するとしても極めてわずかなものに過ぎない、本件立入りの態様は平穏かつ軽微であるなどと主張する。

しかしながら、本件局舎のような公共的建物に対する立入りと私人の住居に対するそれとを同視するのは相当でないにしても、少なくとも、夜間における公共的建物への立入りが、弁護人ら主張のように、原則として自由であり、特別の禁止がある場合にその違反によつて初めて違法性を帯びるものとは解されず、また、上述のように、被告人らの本件立入り当時郵便業務が終了していたとはいえ、局舎を保全し、その秩序を維持すべき管理権者の管理権を侵害したことは明らかであり、本件立入りの具体的態様をみても、上記一3(一)(2)(3)で認定したように、郵政省の職員ではあるが大槌郵便局の職員ではない被告人らが、同局長の許諾を得ないで、午後九時三〇分ごろから同一〇時四五分ころまでの間、八名が一団となつて土足のまま局舎内に立ち入り、午後一〇時すぎ中村局長がこのことを知つて、被告人らに退去を求めたが容易には応じなかつたのであつて、夜間、多人数で土足のまま局舎内に立ち入つた点は軽視し難く、現にとられたビラ貼り目的での本件局舎への立入りに対する警戒、阻止の程度は、右立入りの黙認ないし放任とまではいえないものの、決して厳しく十全なものではなかつたこと、被告人らは、施錠を壊すなど暴力的手段により本件局舎に立ち入つたものではなく、また、結局中村局長の退去命令により本件局舎から退去していることなどを十分考慮に入れても、なお、本件立入りの態様が平穏かつ軽微であつたとしてこれを軽視することは許されない。

(三)  局舎内のビラ貼り、局舎立入りの実情について

弁護人らは、本件の前後に大槌郵便局あるいは全逓釜石支部内の各郵便局において、ビラ貼りに関し刑事処分等がなされたことはなかつたこと、被告人らがオルグなど組合活動をするため本件局舎に出入りしていたことなどを考慮すると、被告人らの本件立入りの違法性はないかあるいは処罰に値しない違法性しかないものというべきである旨主張する。

しかしながら、ビラ貼りに関する刑事処分の状況、被告人らの組合活動のための本件局舎立入りの状況等については既に説示したとおりであつて、右限度で弁護人らが右に主張するところは肯認し得るけれども、闘争時における被告人らの前記目的、態様の本件立入り行為は、平時におけるオルグの入局等の場合とは状況を異にし、両者をたやすく同視するのは相当でないというべきである。そして、被告人らの本件立入り行為が処罰に値する実質的違法性を有するか否かは、個別的に右行為の具体的状況その他諸般の事情により決せられるべきところ、弁護人ら主張の事実が認められるからといつて、直ちに本件立入り行為の違法性が刑法上処罰に値しないものと即断することもできない。

(四)  本件立入り行為と宿直員の承諾について

また、弁護人らは、事実上の管理者たる宿直員が、被告人らの本件立入りを許諾あるいは容認していたことを、その実質的違法性を欠く有力な根拠として主張する。

しかしながら、本件の場合、右宿直員の許諾あるいは容認は、管理権者から授権されたものでも、管理権者の意思にそうものでもないことは明らかである。そして、当日の宿直員御園秀は、組合の分会長であり、被告人らの立入り目的を知りながら、あえてこれを阻止しなかつたのである。そうだとすると、弁護人らが主張するように、そのような宿直員の許諾あるいは容認があつたからといつて、直ちに本件立入り行為の実質的違法性が否定し去られるとは解し難い。

(五)  以上(一)ないし(四)のまとめ

そこで、被告人らの本件所為について、違法性阻却事由の有無に関し、種々検討して来たところを総合し、刑法一三〇条前段に該当する被告人らの本件建造物侵入行為が、所論のように、その処罰に値する実質的な違法性を欠くか否か、刑法上違法性を阻却する事由があるか否かを審究するのに、上記一3(一)ないし(三)の事実関係を前提とし、被告人らの本件局舎内への立入りの目的、動機、経緯、態様その他諸般の事情を考慮すると、被告人らの本件立入り行為は、いわゆる七三年春闘における全逓信労働組合の情宣活動の一環としてのビラ貼りの目的をもつて行われたとはいえ、労働組合法一条二項にいわゆる正当性の範囲を超え、その行為が刑法一三〇条前段の構成要件に該当するかぎり同条によつて処罰されるべき実質的な違法性に欠けるところはないと解されるのであつて、結局被告人らの本件建造物侵入行為は、法秩序全体の見地からこれをみるとき、諸般の事情を十分考慮に入れても許容されるべきでなく、刑法上違法性阻却事由を有するものとはいえない。したがつて、これに反する弁護人らの主張は採用し難い。

2そこで更に、被告人らの本件立入り行為について、錯誤の有無を検討する。

弁護人らは、本件における客観的諸事情及びこれに対する被告人らの認識を前提にすれば、被告人らは、本件立入り行為を正当なものと認識していたのであつて、故なく侵入したことについて錯誤に陥つていたものというべく、右錯誤は事実の錯誤にほかならず、仮に、事実の錯誤ではなく法律の錯誤にあたるとしても、右錯誤には相当な理由があるので、いずれにせよ被告人らの故意は阻却される旨主張する。

そこでまず、被告人らが管理権者の許諾があつたものと誤信したか否かを考えてみるのに、前記一3(一)ないし(三)で認定した事実関係に徴すれば、被告人らは、被告人らの本件局舎への立入りが管理権者の意思に反することを認識していたものと認めるのが相当である。弁護人らは、宿直員であつた御園は被告人らの本件立入りを許諾しており、仮に、御園が管理権者である中村局長から右許諾の権限を付与されていなかつたとしても、被告人らは、御園に許諾の権限があるものと認識していたのであり、かつ、右認識は合理的な根拠を有し、あるいは、被告人らは、宿直員の許諾があれば、局舎への立入りは自由であると信じていたのであり、右のように信じたことに相当な理由があるなどと主張する。

しかしながら、本件立入りの目的、経緯、態様等にかんがみれば、管理権者たる中村局長から立入り許諾の権限を付与されるなどして、宿直員の御園に本件立入り許諾の権限があつたものとは到底推測し難いのみならず、宿直員の御園が、被告人らが組合活動として全逓中央本部の闘争方針や指令に従つて行うビラ貼りのための本件立入りを許諾したとしても、当時全逓の大槌郵便局分会長の立場にあつたことからすれば、それはいわば自然の成り行きともいえるのであつて、その意味で首肯し得ないものではなく、管理権者の意思のいかん、許諾の権限の有無にかかわりなく、御園が被告人らの本件立入りを許諾ないし黙認するであろうことは、十分推測し得るところであるから、御園が被告人らの本件立入りを許諾、黙認したからといつて、弁護人ら主張のように、被告人らにおいて、御園に右許諾の権限があるものと認識していたとは認め難い。なお、たとえ、被告人らが誤つて、宿直員の許諾があれば局舎への立入りは自由であると信じていたとし、これを法律の錯誤と解するとしても、右の諸点にかんがみれば、そう信じたことにつき相当な理由があるものとは解されない。また、関係証拠によれば、弁護人ら指摘のように、本件立入りに関し、管理権者である中村局長は、被告人らにおいて明認し得る立入り阻止の措置を講じていなかつたこと、本件のような地域に密着した小規模の郵便局の局舎においては、業務終了後も宿直員の友人、同僚らが立ち寄り、雑談をしたりすることがしばしばあり、当夜も、同局職員の小川美江が本件局舎を訪れ、宿直員の御園と雑談していたこと、本件以前から、被告人らを含む全逓の役員などが、大槌郵便局、その他の郵便局にオルグ活動などの組合活動を目的として立ち入つていたこと、被告人らは、本件以前においてビラ貼りに関し刑事上、民事上問題になつた例を知らないことが認められるが、本件立入りが管理権者の意思に反するものであることは、本件立入りの目的、経緯、態様等から容易に窺知し得るところであつて、弁護人らが指摘する右の諸事情や当時のビラ貼り目的での建造物侵入に関する法的状況が、被告人らは本件立入り行為が管理権者の意思に反することを知つていた旨の前記認定を左右するものではない。

次に、被告人らが本件立入りを正当なものと認識し、所論のように故意が阻却されるか否かを考えてみるのに、被告人らの本件立入り行為の正当性に関する諸事実について、被告人らが錯誤しているわけではないから、事実の錯誤として故意が阻却されるものではなく、また、弁護人ら主張のように、被告人らにおいて本件立入り行為が正当なものであると錯誤したことが法律の錯誤にあたり、法律の錯誤の場合、錯誤したことについて相当な理由があれば故意は阻却されると解したうえ、弁護人ら指摘の諸事情、すなわち、本件立入りに関し、管理権者たる中村局長は、立ち入る者が明認し得るような立入り阻止の措置を講じていなかつたこと、本件のような地域と密着した小規模局の局舎においては、業務終了後も宿直員の友人、同僚らが立ち寄り、雑談したりすることがしばしばあり、当夜も、職員の小川美江が本件局舎を訪れ、宿直員の御園と雑談していたこと、本件以前から、被告人らを含む全逓の役員などが、大槌郵便局、その他の郵便局にオルグ活動などの組合活動を目的として立ち入つていたこと、本件以前大槌郵便局等全逓釜石支部内の郵便局において、ビラ貼りに関し刑事処分、行政処分がなされた例はないことや当時のビラ貼り目的での建造物侵入に関する法状況などを併せ考慮しても、本件立入りの目的、経緯、態様等に徴すれば、被告人らにおいて本件立入り行為が正当なものであると錯誤したことについて、相当な理由があるとは認められず、他に右認定を左右するに足りるものはない。

したがつて、いずれにせよ、被告人らの故意が阻却されるものではない。

三以上検討の結果によれば、被告人らの本件立入り行為は、刑法一三〇条前段の構成要件に該当する違法かつ有責な行為であつて、他に犯罪の成立を阻却すべき事由を見いだすことはできず、同条の罪の成立は免れないと解すべきところ、本件立入り行為は建造物侵入罪を構成しないとして、被告人らに対し無罪を言い渡した原判決は、刑法一三〇条前段にいう「侵入シ」の解釈を誤り、右構成要件該当事実を誤認したもので、右法令の解釈適用、事実認定の誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。

したがつて、各論旨はいずれも結局理由がある。

四なお、弁護人らは、本件起訴は公訴権の濫用であるとも主張するので、この点について付言する。

弁護人らは、被告人らの本件立入り行為は、いわゆる七三年春闘に際し、全逓の正当な組合活動の一環としてのビラ貼りのため行われたもので、罪とならず、起訴されるべきいわれはないのであつて、本件起訴は、全逓の組合活動に対する不当な干渉であり、しかも、参加者中被告人らのみ起訴したのは、法の下の平等を定める憲法一四条に違反し、検察官の訴追裁量権の範囲を逸脱したものである。また、検察官は、ビラ貼りを起訴することなく、その手段たる立入り行為のみを起訴し、これと密接不可分で、主要なビラ貼り行為につき、法廷で十分な防禦権を行使し得ないので、本件起訴は、憲法が保障する刑事被告人の防禦権を奪うものである。それゆえ、このような本件起訴は、公訴権の濫用であつて、棄却されるべきである旨主張する。

しかしながら、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果を併せ考えると、被告人両名の本件立入り行為が建造物侵入罪に該当するとの嫌疑をもつて提起された本件公訴が、検察官の起訴裁量権の範囲を逸脱したものとはにわかに解し難く、本件起訴に全逓の組合活動に対する不当な干渉の目的があつたことを認めるに足りる証拠もない。また、本件起訴は、ビラ貼り行為自体を処罰する趣旨でなく、上記のとおり、立入りの目的を明らかにする限度で右行為が審理の対象とされるのであつて、本件訴因につき被告人らの防禦権の行使が妨げられるとは解し難い。したがつて、本件起訴に弁護人ら主張のかしを見いだすことはできず、公訴権の濫用をいう弁護人らの右主張は採用し得ない。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により被告事件について更に次のとおり判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人菊池昭男、同鈴木喜一の両名は、当時釜石郵便局局員で全逓信労働組合岩手地区本部釜石支部役員(菊池は書記長、鈴木は青年部長)であつた者であるが、いわゆる七三年春闘に際し、同組合員坂本博ほか五名と共謀のうえ、昭和四八年四月一八日午後九時三〇分ころ、岩手県上閉伊郡大槌町大町七番六号所在の大槌郵便局局舎内に、同組合の情宣活動の一環として、管理権者たる同局長中村実の許諾を得ないで、「大巾賃上げ」「スト権奪還」などと記載されたビラ多数を貼付する目的で、同局長の意思に反して土足のまま立ち入り、それぞれ人の看守する建造物に故なく侵入したものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らの主張に対する当裁判所の判断は、さきに控訴趣意に対する判断及び弁護人らの公訴権濫用の主張に対する判断の項で説示したとおりである。

(法令の適用)

被告人らの判示各所為は、いずれも刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金八〇〇〇円に処し、労役場留置につき刑法一八条を、原審及び当審(差戻し前の控訴審を含む。)における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官粕谷俊治 裁判官小林隆夫 裁判官小野貞夫)

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